FGN福音メッセージ

Posted 10月 20th, 2018 by kai-yoshimi

『本物の信仰は戻って来る』(ルカ17章11~19)
 ガリラヤとサマリヤの境
  人の住まない地(下北半島:仏ケ浦・猿ヶ森浜)普通の生活が出来ない。
 10人の重い皮膚病者
  10と言う数は「全て」の象徴であり、神は「全て」を対象にする。
 「すべて疲れた人」マタイ11:28・「すべての人の救い」Ⅰテモ2:4
人は全て重荷や問題、悩みを内に外に持っている。
 共通の病が「罪」ローマ5:12・3:9~18
 罪がないと言うなら自分を欺いている、真理がない人 Ⅰヨハ1:8
罪とは「的外れ」神の基準から外れている。背を向けている。
   内面の不義がある (マルコ7:20~23)邪心・よこしま思考
 結果:不安心配。争い分裂、絶望、虚無感、劣等感、罪責感

「類は友を呼ぶ」同じレベル同志が集まる。 友が悪ければ良い習慣を損なう
 「同じ穴の狢」 同情し合い、共感し合っても真の解決に至らない。
 人は人の罪を救えない。

解決策「呼び求める」ロマ10:13・詩編50:15・18:6
   バルテマイ(マルコ10:45)

信仰:神のみことばを信じて「従う」こと。信じきれなくても「従う」事
   ペテロの大漁

大切な事:イエスの元に戻る事:礼拝者として。
     問題が解決したら用済みならその信仰はNG

FGN福音メッセージ

Posted 10月 5th, 2018 by kai-yoshimi

『山のあなたの空遠く』(ルカ15:11~25)
 「幾山越えて去り行けば 寂しさのはてなむ国ぞ 今日も行く」(若山牧水)
  
「山のあなたの空遠く、幸い住むと人のいう ああ,われ人ととめ行きて
 涙さしぐみかえりきぬ、山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう」

今この時を満足できないなら
 「この町は暮らしやすいですか」と訊いた青年に「前に住んでいた町はどうだったか」と老人は聞き返した話。自分次第だという事。
 幸せになると思わせる三つ:自由、お金、欲
これを弟は得たがその行く末は 不自由、孤独、飢え、惨め、無力さ等
家族を悲しめる、身を壊す、苦労しないで得たものは水泡に帰する。
無駄遣い(お金、時間、体力)

我に返る:間違いに気付く
  方向や、やり方が間違っていたら上手く行かない。
 人生で事が上手く進まなくなった時立ち止り我に返る機会かもしれない。
 言い訳や人のせいにしないで自分を素直に見つめ直す時。
 多くの人に我に帰って欲しいがそれは神の恵みとあわれみによる。
二つの間違いに気付く
 「天」と「父」に対して罪を犯した。
 大切なのは天に対しての罪:多くの人は人や世の中に対しての罪は認めるか
も知れないが天に対しての罪が分からないでいる。
 天に対しての解決がないなら永遠に繋がる解決には至らない。

「AS IS」 の神  「現状のまま」
 解決は現状のままで父の元に帰る事・雇人の一人で良いと言う謙譲心。
  父は走り寄って下さる。 主人が帰宅したら一番先に走り寄るペット
 愛がのバロメーター:玄関に来た人で対応は違う。
恵み
 着物:義 指輪:子どもの印 靴:相続権 子牛:完全な回復 喜び

ぶどうの木福音メッセージ

Posted 10月 5th, 2018 by kai-yoshimi

『縛りからの解放』マタイ9:14~17
キリスト教は不自由と思っている人がいる。それは古い生き方に縛られているからである。古い生き方とは肉に従う生き方:世の流れに従う生き方。
Ⅱコリント6:12
断食:深い悲しみ、悔い改め、大きな霊的戦い、問題、悩みの時
結婚披露宴ですることはおかしなこと。花婿が取られたら行う。
イエスがいるなら断食の必要はない。
「時に応じて行動する」心の幅を持つ(自由・ゆとり・遊び)臨機応変
           融通を利かせる。超法規:井戸に落ちたロバや羊
 台風時礼拝時間変更・決まり事を変えられない不自由さ。決めた道を変更できない。
古い皮袋&古い布:神抜きの人生 >偶像、しきたり、迷信、世の慣習
新しい皮袋&布:神を受け入れ神のことばによって生きる生活>自由&解放
嵐の日に出会った三人:女性、友人、老婆

ひとつのパターンから抜けられない・断食、古い皮袋
 断れない。逆に「はい」と言わない。何があっても頼らない。訊ねない。
 何にでも反発。言い訳。などのお決まりパターンで人から評価される。

成育時期に培われたパターン
 水難の相があると育てられた人。
 親が手を出す、一人でさせない>積極性が薄れる。独り立ちできない。
 心配性、小心:カラスを怖がる、人の中に入れない。
 のけ者にされた人は、人の中に入れない、立てない。
許せない、止められない、怒りを納められない、恨みつらみを抱える。

解放
イエスを受け入れる:ヨハネ8:31~32 ガラテヤ5:1~
 ロマ6章 Ⅱコリ3:17

 

時間変更のお知らせ

Posted 9月 30th, 2018 by kai-yoshimi

 本日の礼拝は台風24号の接近のため通常午前10時30分からの時間を
 午後2時からに変更します。

FGN福音メッセージ

Posted 9月 13th, 2018 by kai-yoshimi

『なぜ、私でなくあなたが?』(ルカ13:1~9)
 12:54~59
  天候を見分ける位に時代を見分けよ。それはたやすいことではないが
裁判所に向かっているような時代(55~59)
裁きの場に日々、刻々向かっている時代(ローマ13:1~・Ⅰテモテ3
1~・Ⅰペテロ4:7)

ガリラヤ、シロアム事件(13:1~9)
誰かが特別に罪深いわけではない。被災地の人々・ヨハネ9章の人。
あなた方皆、同じように滅びる:ロマ5:12 全人類に死が広がった。

ゆえに皆悔い改める必要がある。
悔い改め:神と向き合う、十字架と向き合う、これなくして災難の原因や苦
難の理由を探求しても真の解決はない。
 十字架と向き合った群衆や百人隊長はイエスを理解した。
神谷美恵子「うつわの歌」の詩・・・なぜ、私でなくあなたが?・・・

神や十字架に向かうとき罪人のゆえに死ぬべき自分を見る。 (士師13:22・6:22・出エジ33:20)罪あるものは神の前に立てない。
聖餐式:己の罪深さを認識し、それを贖う神の愛を深く思うとき。

ぶどう畑の中のいちじく
 ぶどう畑:キリストに繋がる人々(ヨハネ15章)
 いちじく:古き律法に生きる人々(ユダヤの指導者)
      自力で生きる人々
  神は忍耐して下さる(Ⅰペテロ3:8,9)

         「癩者に」  ※今はこの病名は使用されていませんが原文のまま記しました。
光うしないたる 眼うつろに 肢うしないたる体担われて
治療台にどさりとのせられたる癩者よ
私はあなたの前に首を垂れる
あなたは黙っている かすかに微笑んでさえいる
ああ、しかし、しその沈黙は、微笑みは 長い戦いの後に勝ち得たものだ。
運命とすれすれに生きているあなたよ
逃れようとて放さぬその鉄の手に 朝も昼も夜も捉まえられて
十年、二十年と生きてきたあなたよ。

何故、私たちでなくあなたが?
あなたが代わって下さったのだ。
代わって人としてあらゆるものを奪われ、
地獄の責苦を悩み抜いて下さったのだ。
 許してください癩者よ。
 浅く軽く、生の海の面に浮かび漂いて 
 そこはかとなく神だの霊魂だのと
 聞こえ良き言葉をあやつる私たちを
 かく心に叫びて首たるれば
 あなたはただ黙っている
そして、傷ましくも歪めたる顔に 
かすかなる微笑みさえ浮かべている
 「うつわの歌」神谷美恵子著 (みすず書房)
 

FGN福音メッセージ

Posted 9月 8th, 2018 by kai-yoshimi

「雀より大切だから」(ルカ12:1~32)
教会のあるべき姿(1):主の臨在に満ちた教会の姿

本日の主題:全ては見えない神の内にある
見えるものは不確実、不安定、不完全、変化、消滅する(Ⅱコリ4:18)

遺産相続の相談に来た人に自分は裁判官や調停人ではないと答えた。(14)
イエスは私たちにご利益をもたらせるために来られたのではない。

イエスの本来の目的:見えるものでなく見えない大切なものをもたらすために来た。
見える世界を支える見えない世界がある:「いのちは財産委はない」(15)

貪欲に「注意せよ」:不要、不急の外出は控えよう。(災害警報時)
 不要、不急なものを求めない「どんな貪欲にも」注意。
アダムとエバ、ダビデの失敗。アハブとナボテなど。
貪欲は偶像礼拝:コロサイ3:5・エペソ5:5
  神以外のものに依存:財産、食べ物、着物
Ⅰテモテ6:6~10の生活をしよう。

何に依存すべきか
 神には身長を伸ばすことは小さな事:人には不可能
身に見えない方だが見える世界を創造された。この方に依存しよう。
どのような方か
 雀さえも忘れていない。烏の事も忘れない。野の花も忘れない。
 食物 着物も備えて下さる。(5千人給食、エリヤの烏、荒野のマナ)
 神の国さえも与えて下さる。
私たちの成すべき事:Ⅰテモテ6:6~10
 神を恐れる(5)
 神を求める(31)
 神を信頼する(28)

FGN福音メッセージ

Posted 8月 31st, 2018 by kai-yoshimi

『神の国の到来』(ルカ11;14~26)

口目耳を支配する悪霊(14)(イザヤ44:18)
 目:エバ、ロト、サウル、ダビデの失敗
 口と耳は一対>良いことを聞けない人は良いことを語れない。
見ているが見えない、聴いているが聞こえない(イザヤ6:9)
多くの人は神のことば、福音が耳に入らない。

神のわざを悪魔のわざとする。(15)
罪の姿 > 歪み、ひねた心・素直さの欠如・傲慢 妬み 
イエスの反論
あなたがたの仲間も悪魔の力で追い出しているのですか(19)

神の国の到来(20)(ルカ17:21・使徒26:18)
イエスは神の国をもたらすために来られた。(マタイ4;17)

神の国とはイエスが支配する領域
 天と地の全領域(マタイ28:18・コロサイ1:13~17)
 死も叫びも苦しみも過ぎ去る(黙示21:4)
 たましい、すべての点、健康の領域(Ⅲヨハネ2)
 
不幸な人生にならぬように(24~26)
 神を心に住ませよう(黙示3:20)
 神のことばを聞いて守る(28)

ぶどうの木集会福音メッセージ

Posted 8月 30th, 2018 by kai-yoshimi

『さばいてはいけません』(マタイ7;1~12)
聖書の主要なテーマに「赦し」「さばかない」「愛」がある。
毎日のごとく心の中で誰かをさばいている。
 人の性質は根に持つ、すぐさばく、赦せない、愛せない。
人をさばき易い人:出来る人、頑張っている人、気が回る人など。
最悪の人は人自分は何もできないのにさばくことに於いては人百倍。
梁とゴミ
さばく人の持っているWスタンダード:自分を量る物と他者を量る物。
人の失敗は10責め、自分の場合は1のみ。
人の小さな失敗は目ざとく、自分の場合は見えない。
人に人差し指を向けている時、他の指は自分に向いている。

豚に真珠(6)
 犬や豚とは悟りのない人、まぬけ者、愚か者(箴言12:1)
  誤りを教えてあげても逆恨み、反撃、反感を被る。それを修復するには時間とエネルギーを浪費する。これは民衆を見下していた律法学者たちの姿勢。(上から目線の言葉)BUT、JESUSは民衆を羊飼いのいない羊の群れのように慈しみを持って見た。
 
自分を責めて落ち込むことも自分に対して高い基準の物差しがある。
 思い上がりの心:こんなはずじゃなかった。試合の敗北。試験の失敗。

解決
 同じ量りを持つ:私も同じ罪人、弱者と言う量りを持つ。
そうすれば人に対して赦しと励ましの心で接することが出来る。
これは天から来て下さったJESUSの生涯の姿勢。(ガラ6:1)
 
さらに素晴らしい量り、黄金律(12)
 他者からしてもらいたいこと:自分と同じように隣人を愛する。
 私たちはⅠコリント13章のごとく接して欲しい。
 人には出来ないがJESUSはそうして下さった。その愛を受けた者
そのように出来始める。
 故にイエスの愛を受け取ろう。

ぶどうの木・福音メッセージ

Posted 8月 3rd, 2018 by kai-yoshimi

『誓うな』 (マタイ5:33~37)
 21~31節及び聖書全体の基本的教え(神の最も求めているもの)
自分と同じように隣人を愛せよ。互いに愛し合え。赦し合え。
どのくらいの程度で愛さなければならないか。
ゲヘナと最高裁。目をえぐり、腕は切り取る。>強く厳しい心で人を大切にせよ。人と言うのはその位大切な存在である。尊厳重視の心を持て。
<誓ってはならない>
 宣誓:スポーツ・結婚式。・裁判・任命式などで行う。
天地都頭:神の支配を現す。これらを指して誓うとは神と同格に自分を置くことである。誓いを成し遂げることは神のみの出来る事。
 人は気持ちや意気込みがあっても完全に成し遂げることは出来ない。
  成し遂げられなかったとき自分の面目が立たないのでなく神には出来ないと宣言することになる。ゆえに誓ってはならないのである。
<誓う理由>
 信用や信頼を相手に促す、持たせようとする言葉。
社会は信頼関係で成り立っている。
 ネット販売。TVショップ。  人との付き合い。
信用があれば誓う必要なし。逆に立派な誓いをしても信用なければ空虚。
信用があれば「ハイ」「イイエ」で済む。
立派な誓いをしても信用度は上がらない。
 使用度を下げる事
  金銭の貸し借り。陰口。時間ルーズ。謝らない。感謝がない。口が軽い。自己中。 今度から。当てにならない。気分屋 等々。
こちらだけの問題ではない
 裏切られ体験者。虐待経験、ストーカー被害者などは不信官大になっている。
信用UP
 一貫性がある。差別しない。> 愛で人を見る(素晴らしい存在。可能性を秘めている。個性豊か・・愛は期待、信じ、耐え、我慢。
信頼回復 >真の悔い改め:回復願望が本気。言い訳しない。ごまかさない。虚勢、虚栄をすてる。開き直りしない。逃げない。
   素直に非を認め、心から謝る(時間を置かない)
 自分を赦し、真摯に4倍返しの心で生きる。(ザアカイ)

FGN福音メッセージ

Posted 8月 3rd, 2018 by kai-yoshimi

『いったい、だれだろう』 (ルカ9:7~27)

 誰なのか(9、18、20、使徒9:5)どういうお方か(8:25)
 主を知ることを切に求めよう。(ホセア6:3)
「誰なのか」、「どういうお方なのか」とヘロデ王、弟子たち、パウロも
 求め続けた。(ピリピ3::8∼14) 私:21歳の時から。
私たちもこの問い掛けをするチャンスが与えられることは幸い。
 「求めなさい、そうすれば与えられる」「渇いている者はわたしのと
ころに来なさい。そうすれば生ける水の川が流れる」「神の国を・・」
人生に於いてイエスが誰なのかを知ることは最も幸いなこと。
神、キリスト、聖書に興味がないという事は永遠の恵みを得る機会を
失うことである。
誰なのか
 B・ヨハネ、エリヤ、預言者 >人から出た、ただの人間。
 ペテロの告白「神のキリスト」神から出た方。

更に5千人の給食からイエスを知る。(12~17)
①ひとりも滅びないことを望まれる。(5千人以上:様々な人)
  傍に来るすべての人をみな満たし、助け、残さず、癒す。

⓶プラスに向かわせる:パンが無くなるのでなく増える。
 自然界も種が腐ってなくなるのでなく多くの実を結ぶ。
  日々新たにされる。
③小さなものを疎かにせず、過小評価せず、無駄にしない。
  世事のために用いる、(ちいロバ)

どうしても知らなければならない事
死にてよみがえられた方。(22):贖い主
 唯一、救いの道を歩まれた方。

再び来られる方(26)
 Ⅰテサ4:15~・マタイ16:27 マル8:38 Ⅱペテ3:4