『罪深い女』(ルカ7:36~42)
罪深い女(不道徳・売春婦)
シモンの反応:自分の事は棚に上げる「罪なき者石を投げよ」
イエスへの否定的見解:「本当に預言者か」
「この女の事が分かるはず」「分かたないなら預言者として疑わしい」
「なぁんだ大したことのない方だ」等。
目の中の梁が見えない。口についているご飯粒。
イエスの目的と神の心:罪人が救われること(ルカ5:32・19:10・ヨハネ3:17・8:15・エゼキエル33:11)
人を見る目:神の心、イエスの目的を持って見る。
シモンの心:批判、陰口、悪口、悪意は捨てる、持たない。
イエスを歓迎する心(44~46)
シモン:何もしなかった礼儀に反する行為。(スリッパ、座布団、おしぼりなし)
女:涙、口づけ、髪、油。で迎え入れる。「主よ。主よ。と言う者が天の御国に入るのではない」(マタイ7:21)
罪の量と赦しと愛の量は正比例(47)多くの罪が許された
罪の量は本人の認識と自覚:パリサイ人と取税人(18:13~)
イエスへの愛は罪の量と赦しの実体験。 量は数だけでなく重さ、深さ。
パウロも実体験のゆえに主への深い愛を持った。
救いは「赦し」と「愛」を信じる事。
あなたにも赦し宣言がある。(48)救い宣言がある(50)
これらはすべて「恵み」である。
「炎の中で苦しくてたまりません」の私。門前のラザロの私が救われた。
この恵みに応えて生きて行きたい。ルカ16:19~