FGN福音メッセージ

Posted 5月 29th, 2021 by kai-yoshimi

『私たちの父&イエス・キリスト』(Ⅱコリント1:3)

様々な父がいる

現代物理学:アインシュタイン 発明:エジソン 音楽:バッハ

即席ラーメン:安藤百福  宮崎観光:岩切正太郎。 児童福祉:石井十次

父なる神

イエス・キリストの父&慈愛の父

 イエスは天の神を父と呼んだ、神もイエスを子と呼んだ。(例:ヨハネ10:38)

私たちのイエス

 私たちでなく、「私の」とも言える。トマス信仰:あなたたちのでなく「わが神、わが主」ヨハネ20:28 YourでなくMy

 イエスはどのような方か:救い主(マタイ1:21・Ⅰテモテ1:15)

 来られた。死なれた。蘇られた。天に昇った。

イエス・キリストの父

 御子を遣わした方。(ヨハネ5:30・6:38)

 救いの計画を立てた方(エペソ1:4、5・Ⅱテサ2:13)

慈愛と慰めの神(Full of mercy・all comfort)

 人は親との関りが人生に大きな影響を与える

 手塚治の母  エジソンの母 中村久子の母

 パスカルの父 放蕩息子の父

慰め

 共感。寄り添う。身代わり。

私たちは学校という環境にいると、いろいろな人の話を聞く機会に恵まれています。先生方の授業中の話から、講師として呼ばれてきた方の話もそうです。自分も人前で話す仕事をしていて思うのですが、言葉に力のある人とあまり力を感じない人がいたりするものです。同じ言葉を使っても、かたや右耳から左耳へ空しく通り過ぎていくこともあれば、心にずしんと響くこともあります。この差は何なのでしょうか。それはもしかしたら、その言葉に「いのち」があるかないかかもしれません。「いのち」のある言葉の背後には具体的な「できごと」があるものです。

あるTさんという牧師先生が結婚をして、ご夫婦にかわいいお嬢さんが生まれたました。しかしその子は3歳のとき、難病にかかって世を去ってしまいます。独り子を失う悲しみはそれはそれは大きかったことでしょう。このときこのご夫婦にとって最大の慰めとなったのは、ある先輩牧師のひとことでした。

「きみ、つらかったろうね。」

涙を目に浮かべながら、ポツリと語ったその先輩自身が、ご自分の3人のお子さんを病気で亡くし、更につらい試練を経験されてきたといいます。だから、余分なことは何も加えないそのひとことが、Tさんにとってこの上ない慰めになったのだそうです。それから30年、お子さんを亡くされたT牧師の語る言葉は、深い悲しみの中にある人を慰める不思議な力をもって語られ、多くの人を生かしてきたということです。

私たちのする喜びの経験も、悲しみの経験も、もし私たちの語ることばとつながるなら、この言葉は「いのち」を持ちます。そして、それを受け取る人に「いのち」を与えます。みなさんがする一つ一つの経験は、いつか他の人に「いのち」を与えるものになるのです。

わたしはときどき、しんどい時に、自分の部屋の壁にかかっている十字架上のイエスを眺めることがあります。するとそこから「きみ、つらかったろうね」というような慰めを感じることがあるのです。

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