FGN福音メッセージ

Posted 11月 13th, 2020 by kai-yoshimi

『神の業が現れるため』(ヨハネ9章)

彼が盲目であるのは神の業が現われるため。これは私達にも大きな励ましとなるのではないでしょうか。私達も「何故あの時に」「何故こうなってしまったのか」と苦しい、悲しい経験を持っているのではないでしょうか。でも神様はそれを『神のわざがこの人に現われるためです。』という言葉で示して下さる。私達も様々な出来事の中で、この言葉を聞かせて頂きたいと思うのです。

障碍者のクリスチャンたち。レーナ・マリア・星野富弘・水野源三など。

リー・エゼルさんは父親がアルコール依存症で小さな頃から暴力の虐待を受けていました。家にいるのが嫌で仕方なく早く家を出たいと考え18歳の時に彼女は家を出た。サンフランシスコにアパートを借り仕事も始めましたが、段々と生活も乱れてきて、結婚を考えてはいませんでしたが、妊娠をしてしまった。妊娠したことを相手の男性に告げると即座に彼女から逃げていった。友達は生まれてきた子は不幸になるのだから中絶しなさいと皆に言われた。彼女は、自分が父親から激しい暴力を受けていたから、絶対に私は子供に対して暴力をしないと心に決めていた。そして堕胎は子供に対しての最大の暴力であると思った彼女は「出来ない。」と思っていた。しかし迷っている内に段々とお腹が大きくなる。 彼女はロサンゼルスに居住地を移し、そこで教会に行くようになった。丁度そこには望まずして出来てしまった子供達を預かり育て養子に出していく組織がありました。彼女はフロフト夫妻の元で出産をし、生まれた子供は養子縁組に出された。教会に行くようになった関係もあり、段々とイエス様のことも分かって、彼女は救われてクリスチャンになった。その教会で青年と出会い、幸せな結婚にも導かれた。しかし幸せが続けば続くほど「こんなに幸せにしてくれたのに、なぜ神様はあの時に守ってくれなかったのか。」とその日のことが悔やまれてならなかった。彼女が幸せな生活を続ける中で20数年の月日が経った時に、自分が生んだ娘さんから電話が掛かってきた。本来は分からないようにしてあるのですが、色々な形で調べて彼女を見つけ出した。娘さんから「会いたい。」と言われ彼女は非常に迷ったそうです。というのは、今はこんなに幸せだけれども、会うとあの悲しかった日々を思い出して辛くなってしまう。そしてどんなことを言われるかと思うと辛かったのです。ご主人にそのことを話した時に「勇気を持って会ってきなさい。」と言われた。そして待ち合わせの場所で、遠くから明るい素敵な女性がやってきて、一目で娘だと分かった。会うなり娘さんは彼女を抱きしめて「お母さん。私を生んでくれてありがとう。」という言葉が出てきた。お母さんの状況を聞くと堕胎しても当然であったのに、お母さんは私のことを生んでくれた。「私は今幸せな家庭を築いています。」と小さい赤ちゃんも連れてきて「あなたはこの子のおばあちゃんですよ。」と見せてくれた。彼女には悲しいはずのその日が、喜びの日に変わった。私達は「どうして」と思うことがありますが、神様は神の業が現われるためにそのことをゆるされる。私達にとって嫌なことが神の業が現われるためだと言って下さる。私達はそんな神の業が現われるような生き方に進んでいきたいと思います。

私たちのすること

 唾と泥:十字架

唾液:免疫、消毒効果

 土:抗炎、免疫、ストレス耐性効果 (マイコバクテリウム・バッカエ)

 十字架のことばは信じる者には神の力。

 シロアム:遣わす・・役立つ者として用いる。

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