FGN福音メッセージ

Posted 10月 16th, 2020 by kai-yoshimi

『ボッチではない』(ヨハネ5:1~57)

人は孤独:生死の時。痛み、悲しみ、苦しみは誰も代われない。本人が耐え、乗り越えるしかない。

 しかし、応援、励まし、慰め、寄り添いがあると乗り越えられる。

「人がひとりでいるのは良くない」(創2:18・伝 4:9~12)

私たちがボッチにならないようにイエスは来られた。

「べテスダの池」

人は多くいるが皆自分の事で精一杯:現代もボッチの人が多い。

自殺者:9月だけで1800名

38年間:思考がネガティブ、性格、性分が形成される。

「良くなりたいか」「ハァ?」(ムリムリ!)良くなれる希望などない。

人が先に行く、自分の事は構ってくれる人などない。

イエス、その思考を肯定も否定もせずひとつの方法を語った。

「床を取り上げて歩きなさい」

床とはこの人を縛っていたもの:病、思考、性分、被害者意識。劣等感、恨み、憎しみなど。

人は何かに縛られている、その一番が罪。罪を犯しているなら罪の奴隷。

イエスは自由を与えて下さる(ガラテヤ5:1)(ルカ4:18)

 十字架によって呪いと罪を贖ってくださった。

 だから呪いの床に縛られている必要はない。逆にこれを支配して歩むことが

できる。

聞いて従う

神のことばの宣言を信じて立ち上がる時その力が現れる。

カナの婚礼では水を汲むとぶどう酒になった。

ナアマンはヨルダン川に浸かって癒された。

救いは信じて告白し得られる。 (ローマ10:9,10)

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